オークラウロについて

オークラウロは、ホテルオークラの創業者 大倉喜七郎が考案し、1935年(昭和10年)に発表した。尺八奏者でありクラシック愛好家だった喜七郎は、尺八の音で西洋音楽が吹けないかと試行錯誤を重ね実用化した。尺八の歌口とフルートのキーシステムを組み合わせて、尺八の音で自由な指使いができる楽器として完成した。オークラウロという名前は「大倉」と、縦笛という意味のギリシャ語の「アウロス」から名付けられた。

戦後、財閥解体により大倉の後ろ盾がなくなり演奏される機会が激減してしまい、幻の楽器となってしまった。

喜七郎没後50年を契機に復元プロジェクトが発足し、歌口部分は歌口研究の第一人者で尺八製作者かつ、演奏家の三塚幸彦氏、また、本体部分は世界で唯一人、19世紀のフランスの銀食器を使い、それを叩いて延ばし、巻き管からすべて手作りで作製しているフルート工房の匠、秋山好輝氏。企画・監修は大倉集古館。この三者により平成14年9月10日に復元第1号が完成した。

岸の父親は当時オークラウロ奏者であったため、「第1号をゆかりのある人に持ってもらいたい。」との要請が大倉集古館からあり、岸が所有することとなった。

オークラウロを合奏する大倉喜七郎と奏者たち

着席しているのが大倉喜七郎。後列左より荒木和聴(古童)、古河一聴、岸 星聴(星童)、福田真聴(蘭童)

昭和10年5月撮影

写真提供:大倉集古館